[タイトル]
目標管理の効果的運用—管理機能としてのモチベーション—
[著者]
中村 悦子、瀬賀 裕子
[掲載]
新潟青陵大学紀要, Vol.7, pp.131-143, 2007.
[アブストラクト]
アメリカの経営学者、ドラッカーによる「目標と自己統制による管理」が1954年に提示され、日本への導入は1960年より始まった。医療機関における目標管理の導入は、多くは看護部門主導で進められ、専門職としての看護職員の自己実現を支援し、組織の目標を達成するという目的で行われた。導入の目的は、(1)職員の意識改革、(2)職場風土の活性化、(3)能力開発、(4)師長と武官のコミュニケーションの促進、(5)働きがいの向上などである。目標管理の導入の実態から、肯定的要因、否定的要因を明らかにすることができた。その結果、看護管理者が、管理機能として職員のモチベーションに関わることの重要性を確認することができた。
[キーワード]
目標管理、モチベーション、看護職員、管理機能、人事考課
[要約・感想]
看護職に対する目標管理における心理プロセス(目標管理によって達成感ややる気が高まる肯定的プロセス、やらされ感が高まる否定的プロセス)を、ヒアリング調査から描いている。モデルはなかなか面白い。
後の考察においては、まあ、一般論を書いている程度。研究というよりは解説・論説といったところか。
目標管理を成功させるための看護師長の役割の中であげている、看護師長に求められている点というのはなかなか興味深い。
(1)目標管理導入の目的を伝える
(2)組織の理念・方針を職員と共有する。
(3)面接技法を身につける
(4)職員に目標を意識させる
個人的には、「目標設定の技術」というのもあるように思う。
曖昧にしか目標をかけない、書こうとしないメンバ。
書類に起こすのを面倒くさがるメンバ。
書類に書き起こすのが苦手なメンバ。(語れるけど、書けない)
そういう部分が結構あるんじゃないだろうか・・・。
最後に、インセンティブに対しては従業員の信頼性と納得性という言葉がでている。
ようするに、適正に評価される仕組みがあるか(適性に評価されるんだ、という期待・信頼が持てるか)と、実際に評価されたと思えるか(納得)が人事考課上のポイントとなっているということだろう。
なお、「働きがい」という言葉で引っかかったのだが、実際には、中村ら自身は「働きがい」という言葉をそれほど大きく取り上げているわけではない。
2011年5月11日水曜日
アメリカ型成果主義の導入とコンピテンシー—個と集団の調和—
[タイトル]
アメリカ型成果主義の導入とコンピテンシー—個と集団の調和—
[著者]
岡本 英嗣
[掲載]
目白大学経営学研究, Vol.7, 55-67, 2009
[アブストラクト]
日本の主要企業はアメリカ型成果主義の導入によって幾多の問題に直面しており、今なお試行錯誤が続けられている。その結果、多くの従業員は働きがいを喪失させている。そこで本稿は、企業で取り組まれている成果主義の現状と問題点を実装事例や調査事例等によって分析し、働きがいある職場環境をはぐくむためには、どのような雇用システムを採用すべきであるか、これについて考察するものである。
今までの研究成果(岡本c,2008)から「働きがい要因」を組織にかもし出すためには、伝統的な日本的経営よりも成果主義の方が優れていることを明らかにした。しかし企業の現場では第1に従来からの日本的経営とその後の新しく導入した成果主義との二重構造になっているのが現実である。第2に成果主義が導入されて以来、個人と集団の葛藤がみられ、これを如何に調和させていくかが大きな課題となる。同じく第3に成果主義を単なる仕事の「結果」ではなく、その従業員の組織での活躍の程度、プロセスでの役割、能力、資格などの客観的評価によって総合的に評価する方策が考えられる。
このように個人の成果を総合的に捉えて報酬を決めていこうとするのがコンピテンシーである。これを推進するためには社内外の教育訓練による自己啓発支援システムの設置が必要不可欠であると考えられある。
[キーワード]
働きがい、自己啓発支援システム、成果の総合評価、コンピテンシー、教育訓練
[要約・感想]
全体としては、根拠に乏しく、あくまで「説」を唱えているだけに見える論文。
ただ、内容そのものは示唆を与えてくれる。
特に賃金体系の歴史やコンピテンシーのまとめは参考になる。
研究の問題意識は
「成果主義は原則的にはよいのだが、今までの見える成果だけを評価したり、個人主義で仕事をしたりするのを助長してしまった。大切なのは「成果を出す能力」を評価することである、それはどのようなもので、それを伸ばすにはどのようにすればよいか」
ということ。その流れでコンピテンシーが紹介されている。
なお、「働きがい」という言葉に関して、この論文では、モチベーションを高めるものを「働きがい要因」という呼称をしている。具体的にその内容は、(1)業績を反映した賃金システムの存在、(2)その職場での良好な人間関係、(3)直属の管理者の思いやりのある態度、(4)責任ある仕事が与えられ、その成果に達成感がえられていること(5)個人の仕事の成果についての適正な業績評価と適正な報酬が実際にあたえられること、の5つを挙げている。なお、(1)と(5)は似ているが、(1)はそういうシステムが存在していること、すなわち(5)に対する期待がもてることを示しており、(5)は実際にそれら得られたことによって得られる満足感を指しているものと考えられる。
アメリカ型成果主義の導入とコンピテンシー—個と集団の調和—
[著者]
岡本 英嗣
[掲載]
目白大学経営学研究, Vol.7, 55-67, 2009
[アブストラクト]
日本の主要企業はアメリカ型成果主義の導入によって幾多の問題に直面しており、今なお試行錯誤が続けられている。その結果、多くの従業員は働きがいを喪失させている。そこで本稿は、企業で取り組まれている成果主義の現状と問題点を実装事例や調査事例等によって分析し、働きがいある職場環境をはぐくむためには、どのような雇用システムを採用すべきであるか、これについて考察するものである。
今までの研究成果(岡本c,2008)から「働きがい要因」を組織にかもし出すためには、伝統的な日本的経営よりも成果主義の方が優れていることを明らかにした。しかし企業の現場では第1に従来からの日本的経営とその後の新しく導入した成果主義との二重構造になっているのが現実である。第2に成果主義が導入されて以来、個人と集団の葛藤がみられ、これを如何に調和させていくかが大きな課題となる。同じく第3に成果主義を単なる仕事の「結果」ではなく、その従業員の組織での活躍の程度、プロセスでの役割、能力、資格などの客観的評価によって総合的に評価する方策が考えられる。
このように個人の成果を総合的に捉えて報酬を決めていこうとするのがコンピテンシーである。これを推進するためには社内外の教育訓練による自己啓発支援システムの設置が必要不可欠であると考えられある。
[キーワード]
働きがい、自己啓発支援システム、成果の総合評価、コンピテンシー、教育訓練
[要約・感想]
全体としては、根拠に乏しく、あくまで「説」を唱えているだけに見える論文。
ただ、内容そのものは示唆を与えてくれる。
特に賃金体系の歴史やコンピテンシーのまとめは参考になる。
研究の問題意識は
「成果主義は原則的にはよいのだが、今までの見える成果だけを評価したり、個人主義で仕事をしたりするのを助長してしまった。大切なのは「成果を出す能力」を評価することである、それはどのようなもので、それを伸ばすにはどのようにすればよいか」
ということ。その流れでコンピテンシーが紹介されている。
なお、「働きがい」という言葉に関して、この論文では、モチベーションを高めるものを「働きがい要因」という呼称をしている。具体的にその内容は、(1)業績を反映した賃金システムの存在、(2)その職場での良好な人間関係、(3)直属の管理者の思いやりのある態度、(4)責任ある仕事が与えられ、その成果に達成感がえられていること(5)個人の仕事の成果についての適正な業績評価と適正な報酬が実際にあたえられること、の5つを挙げている。なお、(1)と(5)は似ているが、(1)はそういうシステムが存在していること、すなわち(5)に対する期待がもてることを示しており、(5)は実際にそれら得られたことによって得られる満足感を指しているものと考えられる。
「やりがい」の制御変数:大学生を対象とした探索的実験
[タイトル]
「やりがい」の制御変数:大学生を対象とした探索的実験
[著者]
島宗 理、宇佐美 徳真
[掲載]
日本行動分析学会第28回年次大会発表論文集, p.76
[アブストラクト]
none
[キーワード]
none
[要約・感想]
「働きがい」という言葉が学術的にどういう文脈でどういう意味合いで用いられているかを調べる中で遭遇した論文。
「働きがい」とは何なのか、どのような状況で人は「働きがい」を感じるのか、ということについて実験的な研究を通して探究していく、という文脈を持った基礎研究。
「課題」、すなわち仕事に対応するものとして、相対的に「面白い」ゲームと相対的に「つまらない」ゲームを用意し、そこに「独立変数」として「共同作業」と「出来高制」という二つの変数を容易した。従属変数として「やりがい」「満足度」「面白さ」の5段評定を用いた。
結果として、(1)「やりがい」、「満足度」、「面白さ」の評定値が友人と一緒に取り組むという共同作業条件によって向上した。社会的刺激や社会的強化随伴性が「やりがい」に影響することを示唆している。(2)出来高制では、このような効果がみられなかった。
全体として、行動分析学の人の言葉でかなり戸惑うのだが、要するに、出来高制よりも社会的な要因の方が「やりがい」「面白さ」「満足度」に影響を与えている、という結論。
また、この論文では、「働きがい」を課題に対する「やりがい」「満足度」「面白さ」に類するものとして捉えているようだ。
「やりがい」の制御変数:大学生を対象とした探索的実験
[著者]
島宗 理、宇佐美 徳真
[掲載]
日本行動分析学会第28回年次大会発表論文集, p.76
[アブストラクト]
none
[キーワード]
none
[要約・感想]
「働きがい」という言葉が学術的にどういう文脈でどういう意味合いで用いられているかを調べる中で遭遇した論文。
「働きがい」とは何なのか、どのような状況で人は「働きがい」を感じるのか、ということについて実験的な研究を通して探究していく、という文脈を持った基礎研究。
「課題」、すなわち仕事に対応するものとして、相対的に「面白い」ゲームと相対的に「つまらない」ゲームを用意し、そこに「独立変数」として「共同作業」と「出来高制」という二つの変数を容易した。従属変数として「やりがい」「満足度」「面白さ」の5段評定を用いた。
結果として、(1)「やりがい」、「満足度」、「面白さ」の評定値が友人と一緒に取り組むという共同作業条件によって向上した。社会的刺激や社会的強化随伴性が「やりがい」に影響することを示唆している。(2)出来高制では、このような効果がみられなかった。
全体として、行動分析学の人の言葉でかなり戸惑うのだが、要するに、出来高制よりも社会的な要因の方が「やりがい」「面白さ」「満足度」に影響を与えている、という結論。
また、この論文では、「働きがい」を課題に対する「やりがい」「満足度」「面白さ」に類するものとして捉えているようだ。
2010年11月10日水曜日
自動車の運転支援システムが目指すべき姿について
が[タイトル]
自動車の運転支援システムが目指すべき姿について
[著者]
丸茂 喜高
[掲載]
電子情報通信学会技術報告SSS2009-10,pp.17-20,2009
[アブストラクト]
本稿では、自動車の運転支援システムはどのようにあるべきかについて議論する。従来の運転支援システムは、事故を未然に防ぐように直接的にドライバを支援しているが、リスクホメオスタシス理論によると、当初狙っていた効果を得ることは期待できない。そこで、運転を直接的に支援するよりも、ドライバの安全運転に対する動機付けを行なうような間接的な運転支援システムを提案する。さらに、安全運転の議論に加えて、燃費運転や交通流の改善に対する運転支援についても述べる。
[キーワード]
運転支援システム、リスクホメオスタシス理論、安全運転、動機付け、フロー理論
[要約・感想]
自動車の分野で安全運転を如何に引き出すかを論考した論文。
結構、自分と近いことを考えてられる。
同意できる点・感じた点としては、
・何らかのシステムを導入する場合には、支援システムを入れた場合の日常的プラクティスがどのようなものとなるのかの予測、あるいは、それの設計が必要。
・運転支援がモチベーションを下げることも考えられる点については、「自分のタスクと捉えるかどうか」「自分の存在意義を何処に見出すか」に掛かっているのではないか。ACCを入れることによって、前方注意は自分のタスクとは思わなくなるのかもしれない。そうなったときに、自分の存在意義をどう捉えるか。何となく、安全確認など周囲の環境への注意を注ぐモチベーションも下がる、というのはないように思う。ただ、行動レベルで見た場合に「運転に対する注意の向け方が変る(低下する)」「周囲に注意を向けるという行動が減る」ということは起るかもしれない。それは他に注意を向けることになったことの裏返しとして。しかし、行動が見られなくなったからといって、それは「積極的に注意を向ける意思が損なわれた」とは言えないように思う。つまりモチベーションが下がったとは言えない。おそらく「注意を向ける意思はあるし、それは変ってない」だろうから・・・。
自動車の運転支援システムが目指すべき姿について
[著者]
丸茂 喜高
[掲載]
電子情報通信学会技術報告SSS2009-10,pp.17-20,2009
[アブストラクト]
本稿では、自動車の運転支援システムはどのようにあるべきかについて議論する。従来の運転支援システムは、事故を未然に防ぐように直接的にドライバを支援しているが、リスクホメオスタシス理論によると、当初狙っていた効果を得ることは期待できない。そこで、運転を直接的に支援するよりも、ドライバの安全運転に対する動機付けを行なうような間接的な運転支援システムを提案する。さらに、安全運転の議論に加えて、燃費運転や交通流の改善に対する運転支援についても述べる。
[キーワード]
運転支援システム、リスクホメオスタシス理論、安全運転、動機付け、フロー理論
[要約・感想]
自動車の分野で安全運転を如何に引き出すかを論考した論文。
結構、自分と近いことを考えてられる。
同意できる点・感じた点としては、
・何らかのシステムを導入する場合には、支援システムを入れた場合の日常的プラクティスがどのようなものとなるのかの予測、あるいは、それの設計が必要。
・運転支援がモチベーションを下げることも考えられる点については、「自分のタスクと捉えるかどうか」「自分の存在意義を何処に見出すか」に掛かっているのではないか。ACCを入れることによって、前方注意は自分のタスクとは思わなくなるのかもしれない。そうなったときに、自分の存在意義をどう捉えるか。何となく、安全確認など周囲の環境への注意を注ぐモチベーションも下がる、というのはないように思う。ただ、行動レベルで見た場合に「運転に対する注意の向け方が変る(低下する)」「周囲に注意を向けるという行動が減る」ということは起るかもしれない。それは他に注意を向けることになったことの裏返しとして。しかし、行動が見られなくなったからといって、それは「積極的に注意を向ける意思が損なわれた」とは言えないように思う。つまりモチベーションが下がったとは言えない。おそらく「注意を向ける意思はあるし、それは変ってない」だろうから・・・。
2010年10月19日火曜日
医療現場における「改善」を目指した創造的活動のデザイン
[タイトル]
医療現場における「改善」を目指した創造的活動のデザイン
[著者]
山口 悦子 (旧姓:中上 悦子)
[掲載]
日本グループダイナミクス学会第57回大会発表論文集, pp.48-49, 2010
[アブストラクト]
[キーワード]
改善、QCサークル活動、芸術活動支援、病院ボランティア活動支援
[要約]
大阪市立大病院にて、看護士や医師、その他のスタッフの間での創造的協働を引き出すためのアクションリサーチを行なったとのことで、その中で「創造的協働の形成」の過程についての得られた知見が発表された。以下、その要旨。
病院における部局・セクションを横断した活動としてQC活動や、ボランティア活動支援活動、芸術家活動支援活動という活動を構築する、ということを目的とした介入を行なった。そこで、「医療改善のために、QC活動や、ボランティア活動支援、芸術家活動支援をやりましょう」という説明の仕方で当初行なっていたが、中々活動に参加してもらえなかった。
そこで、「ボランティアさんが上手く動けるような形で、日常業務を行なってください」や「芸術家さんが芸術活動を成功させられるような形で、日常業務をやってください」、QC活動に対しては「他の病院職員が上手く働けるような形で、日常業務をやってください」という説明をすると、すんなり受け入れられた。
ポイントとして、病院組織においては、非常にセクショナリズムが強く「日常の業務」にさらにプラスαが加わることには「内のセクションにはそんなものを受け入れる余裕は無い。ほかでやってくれ!」と非常に強く抵抗するが、「日常の業務割り当てを組み替える」ということに対しては意外なほどすんなりと受け入れられる、ということであった。
この前者と後者をそれぞれ活動理論に依拠してまとめると、以下のようになる。
(道具)
┌┘ └┐
┌┘ └┐
芸術家 ┌┘ └┐
(主体)ボランティア——————(対象→結果)患者→より良い医療
他の職員└┐ ┌┘ └┐
┌┘ └┐ ┌┘ └┐
┌┘ └┐ ┌┘ └┐
(ルール)——————(集団)————————(分業)
(道具)新体制に対する現行業務の適用
他の病院で使われているQC手法
┌┘ └┐
┌┘ └┐ ・QCサークル支援
┌┘ └┐ ⇒サークルメンバ
(主体)医師・看護士——————(対象→結果)・芸術活動支援支援
┌┘└┐ ┌┘ └┐ ⇒芸術家
┌┘ └┐ ┌┘ └┐ ・ボランティア活動支援
┌┘ └┐ ┌┘ └┐ ⇒ボランティア
(ルール)——————(集団)————————(分業)
ボランティア・芸術家
他の部職員
前者の構図では、活動の意義は分り易いが、分業やルールが曖昧となる上に、ツールが決まらない。職員と芸術家が主体となって患者を対象に働きかける時には、職員は一体何をすれば良いかわからなくなる。
それに比べ、後者の構図では、分業すべき相手・ツールが明確なり、ルールも自ずと決まってくる。つまり、やることが明確になるので、各自が自律的に動くようになる。また、日常の業務に新しい何かを加えるというのではなく、日常の業務をそういうものにしてください、ということによってメンバの抵抗も少なくなる。
(藤野が以下に質問を行なった。)
Q:病院メンバに対してQC活動への動機づけ喚起のために、具体的にどのようなことを行ったのか?
A:2点ある。一つは病院の特状としてサービス残業が非常に多い。そこで、QC活動についてはお金をつけるよ、ということを強く宣伝した。もちろん、そのためにまず院長に対して説得を行なった。次いで、何度も勉強会を開いて、「病院側が本気で取り組んで言ってるんだ」という思いを粘り強く伝えていった。
[感想]
まあ、要するに、言い方一つで変る、ということだが、その「言い方」の設計方法の実例をまとめてある、とでもいえようか。
医療現場における「改善」を目指した創造的活動のデザイン
[著者]
山口 悦子 (旧姓:中上 悦子)
[掲載]
日本グループダイナミクス学会第57回大会発表論文集, pp.48-49, 2010
[アブストラクト]
[キーワード]
改善、QCサークル活動、芸術活動支援、病院ボランティア活動支援
[要約]
大阪市立大病院にて、看護士や医師、その他のスタッフの間での創造的協働を引き出すためのアクションリサーチを行なったとのことで、その中で「創造的協働の形成」の過程についての得られた知見が発表された。以下、その要旨。
病院における部局・セクションを横断した活動としてQC活動や、ボランティア活動支援活動、芸術家活動支援活動という活動を構築する、ということを目的とした介入を行なった。そこで、「医療改善のために、QC活動や、ボランティア活動支援、芸術家活動支援をやりましょう」という説明の仕方で当初行なっていたが、中々活動に参加してもらえなかった。
そこで、「ボランティアさんが上手く動けるような形で、日常業務を行なってください」や「芸術家さんが芸術活動を成功させられるような形で、日常業務をやってください」、QC活動に対しては「他の病院職員が上手く働けるような形で、日常業務をやってください」という説明をすると、すんなり受け入れられた。
ポイントとして、病院組織においては、非常にセクショナリズムが強く「日常の業務」にさらにプラスαが加わることには「内のセクションにはそんなものを受け入れる余裕は無い。ほかでやってくれ!」と非常に強く抵抗するが、「日常の業務割り当てを組み替える」ということに対しては意外なほどすんなりと受け入れられる、ということであった。
この前者と後者をそれぞれ活動理論に依拠してまとめると、以下のようになる。
(道具)
┌┘ └┐
┌┘ └┐
芸術家 ┌┘ └┐
(主体)ボランティア——————(対象→結果)患者→より良い医療
他の職員└┐ ┌┘ └┐
┌┘ └┐ ┌┘ └┐
┌┘ └┐ ┌┘ └┐
(ルール)——————(集団)————————(分業)
(道具)新体制に対する現行業務の適用
他の病院で使われているQC手法
┌┘ └┐
┌┘ └┐ ・QCサークル支援
┌┘ └┐ ⇒サークルメンバ
(主体)医師・看護士——————(対象→結果)・芸術活動支援支援
┌┘└┐ ┌┘ └┐ ⇒芸術家
┌┘ └┐ ┌┘ └┐ ・ボランティア活動支援
┌┘ └┐ ┌┘ └┐ ⇒ボランティア
(ルール)——————(集団)————————(分業)
ボランティア・芸術家
他の部職員
前者の構図では、活動の意義は分り易いが、分業やルールが曖昧となる上に、ツールが決まらない。職員と芸術家が主体となって患者を対象に働きかける時には、職員は一体何をすれば良いかわからなくなる。
それに比べ、後者の構図では、分業すべき相手・ツールが明確なり、ルールも自ずと決まってくる。つまり、やることが明確になるので、各自が自律的に動くようになる。また、日常の業務に新しい何かを加えるというのではなく、日常の業務をそういうものにしてください、ということによってメンバの抵抗も少なくなる。
(藤野が以下に質問を行なった。)
Q:病院メンバに対してQC活動への動機づけ喚起のために、具体的にどのようなことを行ったのか?
A:2点ある。一つは病院の特状としてサービス残業が非常に多い。そこで、QC活動についてはお金をつけるよ、ということを強く宣伝した。もちろん、そのためにまず院長に対して説得を行なった。次いで、何度も勉強会を開いて、「病院側が本気で取り組んで言ってるんだ」という思いを粘り強く伝えていった。
[感想]
まあ、要するに、言い方一つで変る、ということだが、その「言い方」の設計方法の実例をまとめてある、とでもいえようか。
災害体験の世代間の語り継ぎに関するアクションリサーチ−「関係としての自己」の視点から−
[タイトル]
災害体験の世代間の語り継ぎに関するアクションリサーチ−「関係としての自己」の視点から−
[著者]
矢守 克也
[掲載]
日本グループ・ダイナミクス学会第57回大会発表論文集, pp.6-9
[アブストラクト]
[キーワード]
自然災害、語り継ぎ、アクションリサーチ、関係としての自己
[要約]
災害体験の語り継ぎ活動についてのアクションリサーチ。消防隊員の親子が語り部となったケースと、共に教師をしている師弟が語り部となったケースについて報告し(聞き手はいずれも小学生)、それらの実際に行なわれた語り継ぎ活動の特徴と意義を、「徹底した関係主義に基づく自己語り」の理論をベースに考察している。
具体的に、本アクションリサーチから得られる理論的示唆として、以下の4点を挙げている
(1)『語りは個人の語りである』という常識を乗り越えることである:
個人個人が語る内容も、結局のところ、「語り手」、「語りの中の登場人物」(特に今回のアクションリサーチでははそれが同じ場の別の語り手である点がポイント)、「聞き手」がその場で共同の制作物として存在している。「語り継ぎ」は、このように複数の当事者や関係者による協働の制作物として集合的かつ継承的に生成され、それと同時に、その物語が生活や人生を導く上で重要な「共同の資源」として集合的かつ継承的に活用される場という意味に解さなければならない
(2)我々は自分の人生を物語として語るだけでなく、物語においては他者との関係性の上に存在しており、社会生活は互恵的アイデンティティのネットワークである:
互恵的アイデンティティのネットワークの形成と不断の更新作業は、一見、そのネットワークとは直接関係を持たないと思われる第三者(例えば聞き手)を「重要な媒介」として達成される。今回の例でも、「聞き手」が存在したこと(聞き手に語る場があったこと)によって、「聞き手に語られるものがたり」として「親子物語」や「師弟物語」が顕在化した、と見える。われわれにとっては、自己の物語は、語りの中で直接的に自分のカウンターバート(例えば親子物語における親に対する子、あるいは子に対する親)となる他者は言うに及ばず、聞き手を含む広範な他者たちとの間で張られる互恵的ネットワークに依存して、揺らぎながら形成・維持・変容する。
(3)語りの構成は、生活に意味と方向性を与える:
今回の語りに於いては、聞き手である子供が自分達を「震災体験で何も知らない存在」見なしてしまうことが慎重に回避されている。語りを行なう「親子」の消防士や「師弟」の教師というそれぞれの組の二人の関係は、単に「震災を体験した大人」(何も知らない自分達と対)という存在ではなく、「親子」の「子」の消防士や「師弟」の「弟子」の教師の人々は震災当時は自分達と同じ小学生であったということ(自分達と同じ立場であった)ということや、「親」から見れば「子」は、あるいは、「師」から見れば「弟子」は、今なお、自分達と同様に「震災について知らない存在」であったということから、「子」や「弟子」が自分たちの将来の投影であるという感覚が生じている。すなわち、子供達は「子」や「弟子」へといたるかもしれないルートに乗っている自分という人生(人生のシミュレーションの想像)の物語を入手したことなる。
(4)社会構成主義に徹底するならば、意味を生み出すより広範な社会過程の中の語りこそが強調される:
(これについては略。)
[感想]
実際に、大会での発表を聞いた。
ベテランから若手への知識の伝承のあり方の一つとして、「体験の語り継ぎ」という姿があるだろうと考え聴講した。演者は実際の語り継ぎ活動に10年間従事し、その中で「語り継ぎ活動」が上手く行かなかった場面や上手くいった場面に接する中で、「語り継ぎ」とはどのようなものかを整理したとのことであった。以下にその要旨を記す。
「体験の語り継ぎ」は、通常、「人生を語る(人生→語る)場」という視点で捉えられていて、語り継ぎ活動の実際の場面においても、その場の設計は「人生を語る人」・「それを聞く人」という設計となっている。しかし、このような場では語りを聞いた側には実際には「聞いただけ」で何も獲得していない場合が多い。語り「継ぎ」とするためには、「語られた内容から自分の人生を展望する・見つめなおす(語る→人生)」という方向をこそ重視すべきで、この視点に基づいて語り継ぎ活動の場を設計すべきではないか。
要するに、如何にベテランの話を自分と重ね合わせるか、という点であろう。「語り」のストーリーの中、あるいは、「語り」の場の中に如何に「今の自分」を見出すのか、如何に自分をInvolvementするか、が当事者意識を持った「聞き」を生み出すポイントであり、そのようなことができる「語り」の場や「語りの状況」のデザインが必要である、ということ。
災害体験の世代間の語り継ぎに関するアクションリサーチ−「関係としての自己」の視点から−
[著者]
矢守 克也
[掲載]
日本グループ・ダイナミクス学会第57回大会発表論文集, pp.6-9
[アブストラクト]
[キーワード]
自然災害、語り継ぎ、アクションリサーチ、関係としての自己
[要約]
災害体験の語り継ぎ活動についてのアクションリサーチ。消防隊員の親子が語り部となったケースと、共に教師をしている師弟が語り部となったケースについて報告し(聞き手はいずれも小学生)、それらの実際に行なわれた語り継ぎ活動の特徴と意義を、「徹底した関係主義に基づく自己語り」の理論をベースに考察している。
具体的に、本アクションリサーチから得られる理論的示唆として、以下の4点を挙げている
(1)『語りは個人の語りである』という常識を乗り越えることである:
個人個人が語る内容も、結局のところ、「語り手」、「語りの中の登場人物」(特に今回のアクションリサーチでははそれが同じ場の別の語り手である点がポイント)、「聞き手」がその場で共同の制作物として存在している。「語り継ぎ」は、このように複数の当事者や関係者による協働の制作物として集合的かつ継承的に生成され、それと同時に、その物語が生活や人生を導く上で重要な「共同の資源」として集合的かつ継承的に活用される場という意味に解さなければならない
(2)我々は自分の人生を物語として語るだけでなく、物語においては他者との関係性の上に存在しており、社会生活は互恵的アイデンティティのネットワークである:
互恵的アイデンティティのネットワークの形成と不断の更新作業は、一見、そのネットワークとは直接関係を持たないと思われる第三者(例えば聞き手)を「重要な媒介」として達成される。今回の例でも、「聞き手」が存在したこと(聞き手に語る場があったこと)によって、「聞き手に語られるものがたり」として「親子物語」や「師弟物語」が顕在化した、と見える。われわれにとっては、自己の物語は、語りの中で直接的に自分のカウンターバート(例えば親子物語における親に対する子、あるいは子に対する親)となる他者は言うに及ばず、聞き手を含む広範な他者たちとの間で張られる互恵的ネットワークに依存して、揺らぎながら形成・維持・変容する。
(3)語りの構成は、生活に意味と方向性を与える:
今回の語りに於いては、聞き手である子供が自分達を「震災体験で何も知らない存在」見なしてしまうことが慎重に回避されている。語りを行なう「親子」の消防士や「師弟」の教師というそれぞれの組の二人の関係は、単に「震災を体験した大人」(何も知らない自分達と対)という存在ではなく、「親子」の「子」の消防士や「師弟」の「弟子」の教師の人々は震災当時は自分達と同じ小学生であったということ(自分達と同じ立場であった)ということや、「親」から見れば「子」は、あるいは、「師」から見れば「弟子」は、今なお、自分達と同様に「震災について知らない存在」であったということから、「子」や「弟子」が自分たちの将来の投影であるという感覚が生じている。すなわち、子供達は「子」や「弟子」へといたるかもしれないルートに乗っている自分という人生(人生のシミュレーションの想像)の物語を入手したことなる。
(4)社会構成主義に徹底するならば、意味を生み出すより広範な社会過程の中の語りこそが強調される:
(これについては略。)
[感想]
実際に、大会での発表を聞いた。
ベテランから若手への知識の伝承のあり方の一つとして、「体験の語り継ぎ」という姿があるだろうと考え聴講した。演者は実際の語り継ぎ活動に10年間従事し、その中で「語り継ぎ活動」が上手く行かなかった場面や上手くいった場面に接する中で、「語り継ぎ」とはどのようなものかを整理したとのことであった。以下にその要旨を記す。
「体験の語り継ぎ」は、通常、「人生を語る(人生→語る)場」という視点で捉えられていて、語り継ぎ活動の実際の場面においても、その場の設計は「人生を語る人」・「それを聞く人」という設計となっている。しかし、このような場では語りを聞いた側には実際には「聞いただけ」で何も獲得していない場合が多い。語り「継ぎ」とするためには、「語られた内容から自分の人生を展望する・見つめなおす(語る→人生)」という方向をこそ重視すべきで、この視点に基づいて語り継ぎ活動の場を設計すべきではないか。
要するに、如何にベテランの話を自分と重ね合わせるか、という点であろう。「語り」のストーリーの中、あるいは、「語り」の場の中に如何に「今の自分」を見出すのか、如何に自分をInvolvementするか、が当事者意識を持った「聞き」を生み出すポイントであり、そのようなことができる「語り」の場や「語りの状況」のデザインが必要である、ということ。
2010年10月8日金曜日
行動随伴性から見た社会人の働きがい
[タイトル]
行動随伴性から見た社会人の働きがい
[著者]
行動随伴性から見た社会人の働きがい
[掲載]
日本行動分析学会年次大会プログラム・発表論文集 (17), 110-111, 1999
[アブストラクト]
[キーワード]
[要約]
7人の協力者にインタビューを通じて、勤務中の行動とその結果、それに対して本人が自分で与えている言語的強化、社会的強化を聞き取り、その聞き取った行動に随伴する結果について、(1)好子か嫌子か、(2)行動内在的か付加的か、(3)生得的か習得的か、について分類した。
その結果から、「働きがいを感じている」協力者においては、直接仕事に関係する作業をすることが、好子出現の行動内在的随伴性の制御を受けていることが確認された。また「褒め言葉」や「人が喜ぶ姿」などの社会的好子が付加する行動随伴性により強化されている場合でも、「働きがい」を感じることが出来るとみなされた。いっぽう、「働きがいがない」という協力者においては、これらの随伴性は見られず、仕事をするという行動はルール支配の随伴性や、好子消失の阻止の随伴性に強く影響されているようである。
[感想]
要するに内発的動機付けや外発的動機付けの内的統制で仕事をしている人は「働きがい」を感じるし、外発的動機付けの外的統制で仕事をしている人は「働きがい」を感じていないということ。
行動随伴性から見た社会人の働きがい
[著者]
行動随伴性から見た社会人の働きがい
[掲載]
日本行動分析学会年次大会プログラム・発表論文集 (17), 110-111, 1999
[アブストラクト]
[キーワード]
[要約]
7人の協力者にインタビューを通じて、勤務中の行動とその結果、それに対して本人が自分で与えている言語的強化、社会的強化を聞き取り、その聞き取った行動に随伴する結果について、(1)好子か嫌子か、(2)行動内在的か付加的か、(3)生得的か習得的か、について分類した。
その結果から、「働きがいを感じている」協力者においては、直接仕事に関係する作業をすることが、好子出現の行動内在的随伴性の制御を受けていることが確認された。また「褒め言葉」や「人が喜ぶ姿」などの社会的好子が付加する行動随伴性により強化されている場合でも、「働きがい」を感じることが出来るとみなされた。いっぽう、「働きがいがない」という協力者においては、これらの随伴性は見られず、仕事をするという行動はルール支配の随伴性や、好子消失の阻止の随伴性に強く影響されているようである。
[感想]
要するに内発的動機付けや外発的動機付けの内的統制で仕事をしている人は「働きがい」を感じるし、外発的動機付けの外的統制で仕事をしている人は「働きがい」を感じていないということ。
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